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1億総クリエイター時代をココロファンのサービスで開花させる

今回は「1億総クリエイター時代にココロファンが実現したい世界」
についてご紹介したい。結論から言えば以下を目標にしている。

ココロファンのサービスを通して一人一人の専門性からなる価値を開花させる。
これによりすべての人が手軽に自分の専門性を人のために活かすことができる。

そんな世界を創るために力になりたいと願っている。

シリコンバレーで新しい価値を創ろうとする人々に感じたこと

シリコンバレーでたくさんのアントレプレナーやベンチャキャピタリストと
議論したりピッチをしたりお互いについて話たりしたときに感じたことがある。

それは「圧倒的な己の表現と徹底したポジティブ、そして冷静な客観性」だ。

これをアントレプレナーシップと呼ぶとしたら、
クリエイターにもこれが必要だ。

これからの時代すべての人がこのアントレプレナーシップを持って生きたら、
世界はどんなふうになってしまうのだろうと期待してしまう。

圧倒的な己の表現

まず、圧倒的な己の表現というのは、すなわち「自己表現」であり、
自分のアイデアをまとめて他人に伝えようとする熱意である。

これがすべてが生み出される源である。
まずは自分のアイデアを恥ずかしげもなく伝え、興味を持ってもらうのだ。

世界からアメリカン・ドリームを目指して米国に来るアントレプレナーの
多くは投資家から相手にされすらしないが、
コネクション、ユーザー数など生の数字を持っている人は一目置かれる。
己を知ってもらうために実績が必要なのだが、それを伝える努力も必要だ。

徹底したポジティブ

次に徹底したポジティブは、何も無神経に持って生まれてくるものではない。
アメリカ人も痛いところを突かれたら、それを「痛い」と感じる。
じゃあなぜ、あそこまで馬鹿げたアイデアを信じているのか。

それは、起業が成功するかどうかなど誰にもわからないことを知っているから。

それにアメリカのベンチャー投資はやはり違う。
ロジックが破綻していても、誰かが手を差し伸べる可能性が他の国より高い。

これは単にアメリカの投資家の層が厚いが故に、社会貢献から仮想通貨まで、
どんな分野にもそのスペシャリストと関心をもつ資産家がいるからだ。

だからこそ、どんなビジネスアイデアでも夢であっても、
己のポジティブさを貫き通すことで、その夢にかけようと考える人がいるのだ。
戦略的にポジティブさを貫くことこそ、有効だということを知っている。

そして、なによりこのポジティブさがなければ、
誰が130文字しか投稿できないSNSなど開発しようと思っただろうか。

冷静な客観性

そして、冷静な客観性。いわゆるフィードバックの適切さである。

アメリカのアントレプレナーは客観的な意見をすぐに反映できる。
「市場が小さい」という指摘に対してより大きな市場を狙えるビジネスプランに
変えることなどは日常茶飯事だ。

一方で己を表現する際の原動力を最重要視する。
なぜこれをやってみたいのか、どれだけの人が支持してくれたのかを伝える。

アイデア段階でも見た目を非常に重視するのも、
客観的に見て初めて見る人が何かしら感じ取ってくれる可能性があるからだ。

よくわからないサービスを口で説明してもわからない。
だからピッチでは図や数字でサービスの人気やイメージを伝える必要がある。
これは自分を客観視していなければできない。

そして、ベンチャーキャピタリスト達は自分たちが起業家を応援することしか
できないことをよく知っている。
起業家が成長するのは、彼らが自分で決めたことをやるからであり、
流行やテクノロジーありきで目的を失ったスタートアップからではない。

素晴らしいキャピタリストは自分ができることとできないことを伝えた上で、
どういったビジネスであれば投資対象となるのか、
そしてユニコーン企業となる可能性が高いと言えるのかを伝える。

それにどう答えるかはアントレプレナー自身が考えて行動する。

ココロファンの考えるクリエイターとしての専門性と共感性とは?

それでは1億総クリエイター時代などとなぜ突然言い始めたのか。
何年も前からそんなことは言われていたではないかと思うかもしれない。

確かに10年前もニコニコ動画はあったし、そこから新しい歌手が生まれた。
動画をアップロードすることで稼ぐことも当時からできた。
私もわずかながらクリエイターとして動画から収入を得ていた。

しかし、今はもはやそれがビジネスになることが明らかになった。
YouTuberはすでに素人がおもしろ動画をアップロードするというだけでなく、
メイクや英会話など専門性や個性のある内容を配信する場になっている。
そして、新しい資金の流れを生み始めている。

それでは10年前と何が異なっているのか?
一つは人々の生活スタイルや嗜好が変化してしまったということだ。

これまでも動画作成はできたことはできたのだが、
いざ作り始めるとアイキャッチ画像作成、そしてシナリオライティング
など実は専門性が必要で素人には非常にハードルが高かった。

しかし、今明らかにすべての人がクリエイターになれる環境が近づいている。
少しの力ですべての人が起業家や芸能人になれる可能性を持っている。

例えば今はCanvaやFilmoraなどプロが作成したテンプレートを応用できる。
間違いなく非常にハードルが低くなった。

そして、数万円程度のお金さえあれば、ロゴも凝ったものが作れるし、
シナリオライティングや動画編集さえプロが承ってくれる。

つまり、専門性として何かパーツを作るということに関しては、
これまでよりとても安価にかつ高品質なものができるようになったのである。

じゃあ「専門性を高めてクラウドソーシングで仕事をもらうということ?」

それは違う。

ここで、シリコンバレーのアントレプレナーを思い返してほしい。
「圧倒的な己の表現と徹底したポジティブ、そして冷静な客観性」だ。

1億総クリエイター時代において、己の表現が重要視される。
そして、それの源には徹底したポジティブさがあり、
その後も、冷静に客観的に自分を軌道修正することが大切だ。

己の表現こそが重要であるならば、そうでない仕事は価値が低下する。

経験や独創性、コミュ能力などの付加価値を自ら築いていかなければ、クライアントに買い叩かれてしまう。そのことをイケダ君は「マネタイズ」と言ってるのかもね。クラウドソーシングの普及などで、従来のプロとアマの境い目が極めて曖昧になっていく時代には、質の高さだけじゃ食べていけなくなる。

https://ieiri.net/blog/archives/4039

どうしたらアントレプレナーシップを持ったクリエイターになれるのか

私はすべての人が興味深い人生や考え方を持っていると思っている。
すべての人だ。ゆえにクリエイターとなりうると考える。

テレ東の「家、ついていってイイですか」という番組が好きなのだが、
それは市井の人が自分の体験していないことや才能を持っていることに、
気付かされるからである。

確かに今は、何にもならない才能や経験かもしれない。
しかし、それは自分が表現する武器を持たないからである。
自分に大したことがないことが、人にとっては大したことであったりする。
つまり、全員が専門性を持っていると思うのだ。

だから、私はその人の経験やものの考え方をすべて「専門性」だとみなす。
それは家庭や学校を通して学ぶことかもしれないし、仕事からかもしれない。
その人の経験や体験や学びこそが専門性なのだ。

分かりにくいかもしれないので具体例をあげれば、
専業主婦には、掃除や洗濯、買い物のコツや子育ての経験がある。
学生には勉強方法や部活動で学んだ練習方法についての知識がある。
会社員には就職活動や業務についての知識がある。

すべての活動は意識すれば人にとって貴重な専門性となりうる。

学ぶという言い方が固っ苦しいと思えば、自分が感じたことである。
それを表現すること。そのためには表現のための武器が必要だし、
興味を引き続けるための共感性を育むことこそが重要だ。

自分の専門性をどう表現するかが重要

ツイッターやユーチューブでついつい「自分の好き勝手表現する」人がいる。

これをやるのは自由だが、専門性は低いと言える。
例えば「普通のおじさんが毎日のぐちを永遠と動画にしている」チャンネルを
見たいと思うだろうか。

顔が面白かったり、じわじわ来る感じが癖になるものであれば成功だが、
多くの人の場合「自己満足で終わってる」から誰も相手にしてくれない。

はっきりいうと、最初から才能がある人は、
その才能さえ伝わればすぐに評価されるが、
多くの人にはやはり才能がないということははっきり認識すべきだ。

だから、自分が伝えたいことではなく他人にとってどんな意味があるのか
ということを考えた上で表現しなければならない。
それを怠ってしまえばまず評価されるクリエイターにはなれない。

自分が普段無意識に他人にしていることなのに(つまらない番組は見ないなど)
自分がやろうとするとついついそうしてしまうのだ。
人間は自分勝手だから自分のやり方が正しいと信じる傾向がある。
成功した人を完全に真似して初めて2流になれて、
その上でオリジナリティが出せれば1流なのだ。

そのためにはまず自分の専門性をどのように伝えるか、
どの部分にニーズが有るのかをしっかりとリサーチしなければならない。
つまり己の表現を通して、どういう価値を与えたいのかを徹底して考える。

ファンや顧客は答えだけが知りたいとは限らない。
困難な過程や失敗談を知りたい人もいる。
だから、どんな思いで他の人はあなたの「専門性」に関心があるのか、
に着目すれば自分に専門性など無いと自己卑下することはまずない。

自分ができること、自分が伝えられることを欲しがる人はいるからだ。
ただし、正しい方法で表現しなければならない。
そこが最も重要かつ難しいポイントであることに気づいていない人は多い。

なぜ、グループで遊んでいる動画を投稿しているユーチューバーが人気なのか?

「楽しそうだから」である。

楽しいだけの動画に価値は無いと思うかもしれないが、
現実として人気を集めている。

なぜか?

答えは今の世の中にある。
自分は一人で家にいてもユーチューバーが遊んでいる動画を見れば、
ひとりではないような気がしてくる。

本人たちは意識して作っているわけではないと思うが、
孤独な社会の中でユーチューバーの笑いで心を埋める人がいる。
それは、ラジオを聞き流すのと全く同じである。

その媒体がパーソナルコンピュータからインターネットを通して、
Youtubeメディア上で配信されるYoutuberによる番組に変わっただけだ。

それは、死んだ後も残り続ける仕事であるか?

ある程度の正解がある仕事は専門性があっても徐々に自動化されていく。

ものすごくニッチな嗜好を満たしてあげたり、
日常から離れてふとした時に心にしみるような作品や仕事であるべきだ。

それは自分が死んだ後も残り続ける。

会社もまた法人という人でありながら、創業者が死んだ後も残り続ける。
それはビジネスという仕組みが生き残るからだ。
創業者らが作り上げたモデルが染み渡るとその企業は残ることができる。

同じようにクリエイターもまた、その人の表現を残す形であるべきだ。
それは単発の仕事からも生まれるかもしれないが、
あくまでその成果を自分でコントロールできるべきだ。

1億総クリエイター時代にあなたはどんな価値を残せるだろうか。

ココロファンが目指したいこと

そして、ココロファンができることはこうしたクリエイターを生み出すこと。
人々が支持するようなコンテンツやサービスを作り出すことだ。

それには、すでに実力ある人を集めて何かをするのも一つの方法だが、
「まだクリエイターになれてない普通の人」にその武器を与えたい。

1億総クリエイター時代なのだから本人の意思と適切なガイドさえあれば、
多くの人に影響を与える仕事が生まれることは珍しくないはずなのだ。

会社として経営をしていくことは経営者の責務であるが、
それ以上にどういうクリエイターを応援していきたいかが重要だ。
そして、何を提供できるのか、どうやってガイドするのか。

人のポテンシャルを信じて「良い仕事」を作り出す。
これこそが長期的にココロファンとして目指したい目標だ。

参考にした記事

ジャバ・ザ・ハットリ―イノベーションを後押しするのはシリコンバレー的文化で、それはとりあえず「スゲー!」と言っておくこと
https://www.jabba.cloud/20180228224126/